大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(う)796号 判決 1966年6月29日

被告人 臺正二 外一名

主文

1  原判決を破棄する。

2  被告人臺正二を懲役二年六月に、被告人小和田幸雄を懲役二年に処する。

3  ただし、本裁判確定の日から四年間被告人小和田幸雄に対する右刑の執行を猶予する。

4  押収にかかる約束手形四七通(東京高裁昭四〇年押二八三号の四ないし四七、六五ないし六七)中の各判示偽造部分を被告人両名から、同約束手形二〇通(同号の一ないし三、四八ないし六四)中の各判示偽造部分を被告人臺正二から没収する。

5  原審における訴訟費用は全部被告人臺正二の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人臺正二の弁護人田中豊吉名義および被告人小和田幸雄の弁護人奥田三之助、同関井金五郎共同名義の各控訴趣意書に記載されたとおりであるからこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

一  被告人小和田の弁護人奥田三之助、同関井金五郎の控訴趣意第二の一について

論旨は、原判決は原判示第一の事実をもつて被告人小和田が相被告人臺と共謀して有価証券を偽造し、これを行使したものと判示しているが、右手形の名義人は虚無人であるけれども、これは自己名義の使用に代え、換言すれば自己名義の代用として虚無人名義を使用したものであつて偽造ではなく、作成者である被告人等の手形と解すべきであり、これを自ら振出し自ら決済したに過ぎない本件の如きはこれを行使したものということができないのであつて、原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて検討するに、有価証券を偽造するとは他人の名義をいつわつて有価証券を作成することをいうものと解されるところ、原判示第一の本件約束手形の振出名義人はいずれも虚無人であつて、昭和三〇年五月二五日最高裁判所大法廷判決の趣旨に徴して被告人の右手形作成行為は有価証券を偽造したものといわざるを得ない。もつとも手形の署名は行為者の氏名、商号のみでなくその通称、雅号、芸名等の記載でもたりるのであるから、これと同視できるような名称の記載であれば有価証券偽造罪を構成しないものとも考えられるけれども、もともと本件は被告人臺が勤務先の株式会社武蔵野銀行浦和支店で保管中の現金を横領しその発覚を防止するために、手形を作成し右銀行に差入れてその帳尻を合わせ、その手形の支払期日には支払場所の銀行で右手形を買戻すために更に被告人臺が勤務先で金員を横領して右支払場所の銀行の口座に入金して決済し或は銀行窓口で現金で買戻すという方法を繰り返している間に被告人小和田が犯行に加担するにいたつたものである。そして最初は被告人小和田名義の手形を用いていたけれども犯行を重ねるうちに被告人小和田名義では不都合を生じたところから虚無人名義を用いるようになつて原判示第一の犯行を敢行するにいたつたものであつて、従つて右手形を決済するために右手形の振出人名義に相応した田中稔、太田清一という虚無人名義の銀行預金口座を開設し入金して手形の決済に当り或いは直接銀行窓口で現金で買戻していたものと認められるのである。以上の事実関係からしても明らかなとおり、本件はあくまでも被告人臺の保管金横領が出発点でありこの犯跡隠ぺいのための虚無人名義の手形作成使用なのであり、窓口決済の場合は勿論のこと預金口座を利用した時でも、それは手形決済のためだけの虚無人名義の預金取引に過ぎないのである。つまり、虚無人名義の手形作成使用が主であり、虚無人名義の預金取引はこれに附従する犯跡隠ぺいの手段に過ぎないわけで、客観的には何等の実質的な取引関係も形成されていたのではないのである。従つてこれら一連の事実関係としては、被告人等の虚無人名義の銀行預金取引が実質的にあつて、これに伴つて虚無人名義の手形が振出され、いわばその虚無人名義が被告人の通称とも見られるような場合とはその実体を異にするのである。これを要するに、本件においては単純に被告人が自己名義の使用にかえて虚無人名義を用いて手形を作成したものということはできないのであるから、被告人小和田としては原判示第一の犯行につき有価証券偽造罪の責を免れることはできない。

また右偽造された約束手形はいずれも被告人臺の手から株式会社武蔵野銀行浦和支店に差入れられ、更に株式会社大和銀行東京支店員を通じ東京手形交換所で交換決済のうえ支払場所銀行員に交付されていたのである。偽造手形の行使としては、裏書等によつて転々流通される場合のみに限られず、右のような場合にも真正な手形として使用されたことに変りはないのであるから、右のような偽造手形の行使について被告人小和田も原判示の如く共謀者として刑事責任を免れ得ないのである。

結局原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

一  被告人臺の弁護人田中豊吉の控訴趣意第二点について

論旨は、有価証券偽造罪が成立するためには「行使の目的を以て」なされる必要があるが、右にいう行使とは流通におくことをいうものと解されるところ、本件約束手形は武蔵野銀行が取立委任を受けたというだけで被告人には流通におく目的はなかつたのであるから、原判決は法令の解釈を誤つたものであるというのである。

しかし右にいう行使とは、偽造手形が裏書譲渡されて流通過程におかれる場合ばかりでなく真正な手形として使用される一切の場合をいうものと解すべきこと前記被告人小和田の弁護人奥田三之助、同関井金五郎の控訴趣意第二の一について説示したところと全く同じであつて、原判決が本件偽造手形の作成に当り被告人臺に行使の目的があつたと認定判示したのは相当であるから原判決には所論のような法令解釈の誤りはなく、論旨は理由がない。

一  被告人小和田の弁護人奥田三之助、同関井金五郎の控訴趣意第二の二について

論旨は被告人小和田は虚無人名義の手形を作るということが違法であるという認識がなく、またその認識のないことについて非難可能性のない場合であるから、被告人小和田は有価証券偽造、同行使について故意がなく無罪であるか少なくとも情状よりみてその刑を軽減さるべきであるというのである。

よつて検討するに、被告人小和田に虚無人名義の手形を偽造しこれを行使することが違法であるということについてどの程度の認識があつたかということについてはたしかに相当の疑問があるのである。しかし、犯罪について故意が成立するためには、当該犯罪構成事実についての認識があればたり、その他に、犯行に関する違法の認識もしくは過失による違法の不認識を必要とするものではない。被告人小和田に、本件有価証券偽造、同行使に関する犯罪構成事実について認識のあつたことは原判決挙示の関係証拠によつて明白であるから、かりに同被告人に所論のような違法の認識がなかつたにしても、前記有価証券の偽造、同行使について故意がないとするわけにはいかない。この点の所論は到底採用するを得ない。また被告人臺が被告人小和田に対して「不渡りにしなければ大丈夫」という程度のことを述べたものとは認められるが、「虚無人名義の手形を作つても罪にならない」とまで明言したか否かは甚だ疑わしいし、たとえ被告人臺が被告人小和田に対してそのように申し向けたとしても同人の言に何等の法的権威のないことは極めて当然のことであるから、諸般の情状よりみて、たとえ、被告人小和田に違法の認識に欠ける点があつたとしても当然にその刑を減軽しなければならないものでもないのである。論旨はいずれにしても理由がない。

一  被告人臺の弁護人田中豊吉の控訴趣意第一点について

論旨は、被告人臺について原判決の量刑不当を主張するものである。

よつて検討するに、被告人臺の本件犯行は金融機関の預金係の主任でありながらその保管中の金員を横領し、これが犯跡隠ぺいのため相被告人小和田と共謀し或いは単独で、原判示第一或いは第二の三のような有価証券偽造、同行使罪を犯し、一方花俣晃から借り受けた金員の返済に窮して原判示第二の四、五の有価証券偽造、同行使罪を、また前記銀行の金員横領が発覚してその処置に窮して原判示第六の有価証券偽造、同行使、詐欺の犯行に及んだもので、横領金員や騙取金員も多額であるし、有価証券偽造、同行使の犯行回数も極めて多く、しかも被告人臺がことここに至つたそもそもの動機は放漫な株式投資に端を発したもので、犯情としても同情する点がないのであつて刑責は極めて重く、原審当時被告人等が弁償のために相当の努力をしたことは認められるが、原審としても十分これを酌んで量刑したものと認められ、原判決程度の刑はやむを得ないところと思われるのである。ただ当審に至つて更に弁償に努力し花俣晃に対し一〇〇万円の支払を終えて同人との示談も成立し、また銀行に対する債務も完済しているので、この点量刑上考慮する必要があるので、原判決の刑のままではやや重きに過ぎるきらいがある。論旨はこの限りにおいて理由がある。

一  被告人小和田の弁護人奥田三之助、同関井金五郎の控訴趣意第二の三について

論旨は、被告人小和田について原判決の量刑不当を主張するものである。

よつて検討するに、被告人小和田の本件犯行はその回数も多く、しかも結局相被告人臺の金員横領の犯行の発覚防止の役割を果す結果となつたものでその刑事責任は必らずしも軽くはないのである。しかしながら被告人小和田が本件犯行に及んだのは、相被告人臺から二〇万円を借用しその返済に因つていたところから相被告人臺に利用されたもので、はじめ被告人小和田名義の約束手形を用いていたが、回を重ねるうちに本件犯行に至つたものと認められ犯情考慮すべきものがあるし、本件犯行によつて作成された約束手形も虚無人名義であつて別に裏書等によつて転々流通されたものでもなく、いわば本件犯行の代償として相被告人臺の横領した金員の一部を借用していたものである。それに、当審に至つて相被告人臺との間に示談が成立し約旨に従つて履行されており反省の情もうかがわれ、しかも被告人小和田には何等の前科もないのである。これら諸般の事情を考慮すると、この際同被告人に対してはその刑の執行を猶予して更生の機会を与えるのが相当であると思われるので、論旨は結局理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第二項によつて被告人両名に対する原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従つて更に次のとおり判決する。

原判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人両名の原判示第一、被告人臺の原判示第二の三ないし六の所為中各有価証券偽造の点につき各刑法第一六二条第一項、各同行使の点につき各同法第一六三条第一項、詐欺の点につき同法第二五七条第一項(ただし原判示第一の所為につき更に刑法第六〇条適用)に各該当するところ、以上の各罪はそれぞれ手段結果の関係にあり、また原判示第一、第二の三および第二の六のうち各偽造有価証券一括行使の点はそれぞれ一所為数法につき各同法第五四条第一項、第一〇条によりいずれも重い偽造有価証券行使罪の刑に従い、被告人臺の原判示第二の一、二の所為は各同法第二五三条に該当するところ、各被告人両名の以上それぞれの罪は刑法第四五条前段の併合罪なので同法第四七条本文、第一〇条により被告人臺については最も重い原判示第二の六の金額四三〇万円の、被告人小和田に対しては犯情最も重い原判示第一の別紙(一)の25の金額四〇〇万円の各偽造有価証券行使罪の刑に従い法定の加重をした刑期範囲内で被告人臺を懲役二年六月に、被告人小和田を懲役二年に処することとし、情状により被告人小和田に対しては本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、押収にかかる約束手形につき刑法第一九条第一項第一号、第二項本文を適用して主文第四項のとおり没収し、原審における訴訟費用につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人臺に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 新関勝芳 大平要 伊東正七郎)

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